岸和田城 & 五風荘  (^ー^)ノ

今日は、近くに住んでいるのにまだ一回も行った事が無かった岸和田城を見に行きました。

岸和田城がいつ、誰が建てたのか定かではないが、戦国時代(16世紀中頃)には、当時泉州地方を
治めた松浦氏の居城として現れる。慶長2年には、秀吉の臣・小出秀政によって天守閣のある近世城郭として整備された。その後、寛永17年 岡部宣勝が入城、以来明治維新までの230年間、岡部氏が泉州統治の
拠点とした。岸和田藩は5万3千石であったが、城の規模は30万石級の大藩の城に匹敵するほどの豪壮さであった。威容を誇った5層の天守閣は、文政10年 雷火により焼失。以後 長らく再建されずにいたが
郷土への思いをよせる市民の要望から、昭和29年に再建された。
現在は、天守閣では 結婚式もとりおこなわれています。
尚、岸和田城は別称 千亀利城(ちぎり城)とも言われ 機のたて糸を巻く器具のことで、本丸と二の丸を
連ねた形が「ちぎり」に似ているところからの由来らしいです。

f0228619_2139771.jpg



天守閣の前の一風変わった庭には 驚きと感動でした。八陣の庭・・

f0228619_21432011.jpg


天守閣に向かって階段を歩いているときに覗き窓よりパチリ (-^艸^-)

f0228619_2151178.jpg



天守閣までは3階でした、一緒に行った義母のことが心配でしたが 登ってくれました。
天守閣の瓦にはこのような文字が刻んで有りましたよ。 

f0228619_2154296.jpg



それともう一ヶ所 興味が有ったのは 五風荘です。(市指定文化財)

旧岸和田城内の新御茶屋跡などに昭和4年から10カ年の歳月を要し、造営された広壮な回遊式日本庭園。
正門は奈良東大寺塔頭中性院表門を移築したもので、岸和田にゆかりの深い楠木氏の「楠」の字をもじって
「南木門」と称されている。約2500坪の敷地には 日本建築の粋をこらした主屋と庭園を見渡せる三つの
茶室がある。庭園の散策が出来、食事も楽しめる。

f0228619_2255389.jpg
f0228619_2265195.jpg
f0228619_2295210.jpg
f0228619_22102966.jpg
f0228619_2211697.jpg


このような街の中でこれだけのお庭があるって 驚きでした。

食事の予約をしていなかったので 順番を一応 連絡したのですが 1時間以上の待ち時間になる
様子なので 今回はお庭散策させて頂いて キャンセルをしました。(^-^;

とっても残念でした。 中での食事も楽しみにしていたのですが・・それ以上に建物内部の状態を
見たかった(^^ゞ
[PR]
Commented by 125teru at 2010-10-19 08:16
ここは、今 仕事の現場がすぐ近くで行っているので私と同僚の人で
良さそうやなぁって話していて・・先に同僚の人が訪問してこられて・・

私も昨日 行ってきた事を話したら 五風荘で食事されたとか・・(^-^;
食事の場所も蔵の中と座敷とに分かれている様子で・・
蔵の中はやっぱり少々暗いのでご主人様がテーブルを変えて欲しいと
で・・お庭が見える場所が空いたので移動されて食事をされたとか。

やっぱり眺めが良く 良かったとおっしゃっていました。
( ̄~ ̄;) ウーン
そう聞くと尚の事 ここでお食事を頂きたいと思ってしまう。
訪問された方のブログを見るとお店の中の調度品の数々・・
すごい~~~って思う。

焼物がたくさんですよ。壺や皿など 高価な物がたくさんあるのに
小さいお子さんが走っていたのが気になりました。

やっぱり行きたいなと旦那も言ってましたよ。
by 125teru | 2010-10-17 22:18 | ひととき | Comments(1)